Dr.大越と学ぶ#1 真の「ワーク・ライフ・バランス」とは?

「ワーク・ライフ・バランス」という言葉は、世間でも多くの人の目に留まるようになったと思います。「家庭と仕事の両立」という文脈で語られることが多いので、いわゆる「女性医師問題」に関連して論じられることが多いのですが、実は女性だけの問題ではありません。

Dr.大越と学ぶ#1 真の「ワーク・ライフ・バランス」とは?

目次

  1. ワーク・ライフ・バランスは「仕事と生活の調和」
  2. お金を稼ぐことだけが「ワーク」ではない
  3. 「ライフ」とは生きていくために不可欠なこと
  4. 時短で帰宅した後にも「ワーク」が待っていた
  5. 真の問題は「ライフ」の内容が男女で異なること

ワーク・ライフ・バランスは「仕事と生活の調和」

ワーク・ライフ・バランス」 とは、日本語ではそのまま「仕事と生活の調和」と訳すようです。 平成19年(2007年)12月に、「ワーク・ライフ・バランス推進官民トップ会議」において、「仕事と生活の調和(ワーク・ライフ・バランス)憲章」及び 「仕事と生活の調和推進のための行動指針」が策定されました。その後、厚生労働省もワーク・ライフ・バランスを推進するために様々な取り組みをしています。 

しかし、「ワーク・ライフ・バランス」と聞くと、仕事と家庭の両立のことかなと漠然と考えておられる人も多いのではないでしょうか?

私は、久本憲夫先生(現:京都橘大学経営学部教授)がかつて京都大学におられた頃に共同研究をさせていただいており、ワーク・ライフ・バランスについても詳しく薫陶をいただきました。今回はその頃のお話も含めてお伝えしていきます。

お金を稼ぐことだけが「ワーク」ではない

まずは、「ワーク」について考えてみましょう。多くの人は「ワーク」を家の外でお金を稼ぐ仕事(paid work)と考えているのではないでしょうか?しかし、それだけでは世の中はまわっていきません。世の中にはお金を稼げない仕事(unpaid work)もたくさんあります。

例えば、家事や育児m介護など家庭内のケアワークです。お金を稼ぐことは出来ませんが、大事な仕事ですよね。だれかが掃除をしたり、洗濯をしたり、食事の用意をしたりしなければ生活は維持できません。子どもや介護が必要な老人がいれば育児、介護なども必要です。他にはPTAの仕事や町内会の仕事なども、お金を稼ぐ仕事ではありませんが、社会にとって大切な仕事です。

「仕事」とは責任を伴う労働ですが、必ずしもお金を稼ぐものばかりではないということを覚えておいてください。

「ライフ」とは生きていくために不可欠なこと

それでは、ライフとは何でしょうか?一般的には「ワーク・ライフ・バランス」というとワークは外で稼いでくる仕事、ライフとは家事や育児など、というイメージですが、先ほども説明した通り家事や育児は立派な仕事です。お金を稼げないのですが、責任を伴う労働ですよね。

人間が生命活動を維持するために必要なことはいくつかあります。食事、入浴、休息、睡眠、排泄、趣味などです。本当はこれが「ライフ」のはずなのです。これらがないと、生きていけませんよね。

時短で帰宅した後にも「ワーク」が待っていた

久本先生とご一緒していたころ、私は先生にこのような愚痴をこぼしたことがあります。

時短で帰るので肩身が狭い思いをしています...
私

当時、私の子どもたちはまだ幼く、年子で手がかかっていたので時短勤務をしていました。そんな私に対し、久本先生はこうおっしゃいました。

久本先生
久本先生
大越さんは家に帰った後、何をしているの?遊んでいるわけじゃないでしょう?

私はハッとしました。そうなんです。帰宅した後は子どもたちの夕食の用意をして食べさせて入浴させて寝かしつけるという怒涛の家事育児でした。unpaidではありますが、確かに私は時短で帰宅した後も、家で働いていました。

真の問題は「ライフ」の内容が男女で異なること

久本先生は、世の中で言われている「ワーク・ライフ・バランス」は「ワーク・ワーク・バランス」に過ぎないと危惧しておられました。女性が仕事と家庭を両立するという文脈における「ライフ」は「家事・育児・介護」などのケアワークであることが多いからです。

最近、私はこの「ワーク・ライフ・バランス」の「ライフ」の内容が男女で異なることが真の「ワーク・ライフ・バランス」問題ではないかと考えています。女性の場合「ライフ」はどうしても「家事や育児」になりがち、男性の場合は「趣味や余暇」も大いに含まれる、という不均衡があるのではないかということです。次回以降でこの辺りを説明していきたいと思います。

大越香江

この記事のライター

大越香江

日本消化器外科学会指導医・専門医。日本外科学会専門医・指導医。 日本消化器外科学会男女共同参画委員。日本臨床外科学会評議員。日本内視鏡外科学会評議員。 消化器外科女性医師の活躍を応援する会(AEGIS-Women)副会長。 大腸癌の手術をメインに腹腔鏡下胆嚢摘出術、腹腔鏡下鼠経ヘルニア修復術などの低侵襲手術を執刀する消化器外科医。1999年京都大学卒業。 消化器外科関連のみならず、男女共同参画、医師の労働環境などに関する論文多数あり。

この記事へコメントしてみる

※コメントは承認後に公開されます
コメント投稿ありがとうございます。
コメントは運営が確認後、承認されると掲載されます。

関連記事

外科医の性差は手術成績に影響するか?日本における最新の研究結果とは

Dr.大越と学ぶ

外科医の性差は手術成績に影響するか?日本における最新の研究結果とは

医師の性別による治療成績の差について、女性医師の方が良いとされる海外の報告がいくつかあります。これに関して、日本の消化器外科医についてはどうなのでしょうか。今回は、以前ご紹介した「函館宣言」の根拠となる論文を引き続き紹介いたします。

「函館宣言」発出!~消化器外科医の男女均等な活躍を支援する~

Dr.大越と学ぶ

「函館宣言」発出!~消化器外科医の男女均等な活躍を支援する~

2023年7月14日、日本消化器外科学会で画期的な宣言が発出されました。その名も「函館宣言」です。今回は、学会の男女共同参画委員として「函館宣言」の発出に携わった筆者とともに、消化器外科医の男女均等な活躍を支援する「函館宣言」の詳細に迫りましょう。

【女性外科医の収入と結婚・出産】男女間の外科医収入差は存在するか?

Dr.大越と学ぶ

【女性外科医の収入と結婚・出産】男女間の外科医収入差は存在するか?

一般的に女性は男性より年収が少なく、収入差があることが知られています。医師に関してはどうなのでしょうか。実は、結婚や出産は女性外科医の収入と大いに関係があることが分かっています。果たして、女性外科医と男性外科医の間にも収入差があるのでしょうか。

【快挙!】女性外科医が宇宙飛行士候補に!ジェンダーロールにとらわれず

Dr.大越と学ぶ

【快挙!】女性外科医が宇宙飛行士候補に!ジェンダーロールにとらわれず

この度の宇宙飛行士候補者選抜の結果、2人の候補者が選出され、ひとりは女性外科医でした。医療現場に留まらず、活躍の場を宇宙に広げられていて、とても素晴らしいと思いました。性別に関係なく、誰もが自由に未来を切り開いていけるような社会であってほしいと思っています。

Dr.大越と学ぶ#2 初期研修中も自分のワークライフバランスを守るために

Dr.大越と学ぶ

Dr.大越と学ぶ#2 初期研修中も自分のワークライフバランスを守るために

初期研修時代は自分の裁量が及ばないことが多く、突然呼び出しを受けることもあり、ストレスに感じることも多いと思います。初期研修医がワーク・ライフ・バランスを維持するためには、ちょっとした心がけが必要です。初期研修に全振りしすぎて健康を損なわないようにしましょう。

Dr.大越と学ぶの人気記事

人気ランキング

話題のキーワード