外科医の性差は手術成績に影響するか?日本における最新の研究結果とは

医師の性別による治療成績の差について、女性医師の方が良いとされる海外の報告がいくつかあります。これに関して、日本の消化器外科医についてはどうなのでしょうか。今回は、以前ご紹介した「函館宣言」の根拠となる論文を引き続き紹介いたします。

外科医の性差は手術成績に影響するか?日本における最新の研究結果とは

目次

  1. この記事の筆者
  2. 女性消化器外科医の手術執刀数は少なかった
  3. 手術成績の性差に関する論文を発表しました!
  4. 執刀医の性別による短期手術成績に有意差はなかった
  5. 女性医師は新しい手術方法で執刀する機会が少なかった

この記事の筆者

大越先生
大越先生
消化器外科医。1999年京都大学卒業。
大腸癌の手術をメインに腹腔鏡下胆嚢摘出術、腹腔鏡下鼠経ヘルニア修復術などの低侵襲手術を執刀しています。消化器外科関連のみならず、男女共同参画、医師の労働環境などに関する論文を多数執筆しています。

女性消化器外科医の手術執刀数は少なかった

 以下の前回の記事で、女性消化器外科医の消化器外科手術の執刀数が男性消化器外科医に比べて少ないという論文を紹介いたしました。この差は難易度の高い手術でより顕著であることが明らかになりました。経験年数とともにその差が拡大しており、それは単に、妊娠・出産・育児などの影響だけでは説明できない、というものでした。

 さらっと紹介しましたが、JAMA Surgeryという外科系のジャーナルでは世界で最もインパクトファクターの高いジャーナルに掲載されています。

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手術成績の性差に関する論文を発表しました!

 女性消化器外科医が男性消化器外科医よりも手術執刀経験が少ないならば、手術成績はどうなんだ?もしかして手術成績は悪いんじゃないか?という疑問が生じますよね。

 そういうツッコミが入ることを想定して(笑)、私たちの研究チームでは、執刀医の性別による短期手術成績を比較する論文を続けてリリースしております。

論文はこちら

 こちらの"Comparison of short term surgical outcomes of male and female gastrointestinal surgeons in Japan: retrospective cohort study"という論文です。

 この論文は、BMJという世界四大医学雑誌のひとつ(!)に掲載されたのみならず、エディトリアル付きで1週間にわたりトップページで紹介されました。以前、UCLA医学部准教授の津川友介先生が、術者の年齢や性別による手術成績を比較した論文が掲載されたのもBMJであり、このジャーナルが医学界における性差に関心を持っていることが伺えます。

 正直なところ、日本ではジェンダー格差を軽視し過ぎです。おそらくこれら私たちの論文がこれだけ高インパクトファクターの雑誌に掲載されることはあまり期待されていなかったのではないかと思います。

執刀医の性別による短期手術成績に有意差はなかった

 さて、この論文においては、日本最大の手術データベースであるNational Clinical Databaseの2013-2017年のデータを用いて胃癌に対する幽門側胃切除術と胃全摘術、大腸癌に対する低位前方切除術について、手術合併症や手術関連死亡について執刀医の性別による違いがないか、比較しました。なお、胃の手術(幽門側胃切除術、胃全摘術)に際しては膵液漏、低位前方切除術については縫合不全が術後合併症として術式特異的に問題になりますので、個別の合併症として比較項目に挙げています。

  結論から言えば、執刀医の性別による短期手術成績に統計学的有意差はありませんでした(よく見ると有意差はないもののちょっと女性の方が成績がいいんですけどね)。つまり、女性消化器外科医は手術執刀のチャンスは少ないものの、少ないチャンスを生かして執刀する手術の成績は男性に劣っていないということを示しています。

 また、高血圧や糖尿病など、短期手術成績に悪い影響を与える可能性のある併存疾患を持つ患者さんを受け持つ割合も女性消化器外科医の方が有意に高いことが分かりました。併存疾患があれば、術前の検査や周術期の管理など気を使うことが多く、一症例当たりの業務の負担が増えるはずです。

女性医師は新しい手術方法で執刀する機会が少なかった

  一方で、女性消化器外科医による腹腔鏡手術の割合が男性消化器外科医よりも有意に少なく、腹腔鏡手術という比較的新しい手術アプローチで執刀する機会が少なかったという問題も明らかになりました。男性優位の消化器外科というホモソサイエティにおいて、女性医師が新しい手術アプローチを習得する機会がなかなか得られなかったことの表れではないでしょうか。これは由々しき問題であり、女性消化器外科医が内視鏡外科学会の技術認定医という資格を男性よりもそもそも取得しづらい環境におかれていたことが示唆されます。そもそも腹腔鏡手術を早く数多く執刀した方が有利ですよね。

 前回ご紹介した「函館宣言」の背景にはこのようなことがあったのです。

函館宣言とは?

残念ながら私は消化器外科医として細々と生き延びるのが精一杯でしたが、これからの女性消化器外科医の先生方にはより高い技術を目指して頑張っていただきたいと思います。

大越香江

この記事のライター

大越香江

日本消化器外科学会指導医・専門医。日本外科学会専門医・指導医。 日本消化器外科学会男女共同参画委員。日本臨床外科学会評議員。日本内視鏡外科学会評議員。 消化器外科女性医師の活躍を応援する会(AEGIS-Women)副会長。 大腸癌の手術をメインに腹腔鏡下胆嚢摘出術、腹腔鏡下鼠経ヘルニア修復術などの低侵襲手術を執刀する消化器外科医。1999年京都大学卒業。 消化器外科関連のみならず、男女共同参画、医師の労働環境などに関する論文多数あり。

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